虎よ、虎よ!
虎よ、虎よ! (ハヤカワ文庫 SF ヘ 1-2) (ハヤカワ文庫 SF ヘ 1-2) 寺田克也 中田 耕治 早川書房 2008-02-22 売り上げランキング : 15801 おすすめ平均 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
胸をやきつくす激怒は、これまでガリー・フォイルをつまらない人間にしていた残酷な忍耐と不活発さを食い荒らし、つぎつぎに爆発する連鎖反応を促して、ガリー・フォイルを地獄の機械へと変えた。彼は誓った。
「《ヴォーガ》、おれはきさまを徹底的に殺戮してやるぞ」
「ジョウント」という瞬間移動手段の発見と普及により、勢力図が大きく塗り替えられた太陽系。ここに復讐に身を焦がす男が一人。
数多くのアイデアとイメージの奔流に魅せられる、古典SFにおける代表作の一つ。
しがない(宇宙)船乗りにすぎなかったガリー・フォイルは、事故により半壊した宇宙船でたった一人半年間も生き抜いた。その地獄の日々の果て、彼の前に一隻の宇宙船が通りかかる。しかし、救いの天使かと思われたその船は、彼の存在に気づいていながら無視して飛び去って行ったのだった。宇宙船の名は《ヴォーガ》。彼は自分を見殺しにした宇宙船とその乗組員に復讐を誓う。
絶望の淵から掬い上げられたと思ったら、次の瞬間には奈落の底に突き落とされたのである。落差が激しいぶん、彼が抱いた怒りはいかほどのものか。復讐こそが生きる意味と化した彼は、最初こそ怒りにまかせて破壊を行うだけの無駄なことをしていたが、ある女性からの教育をきっかけとして「考える」ことを学び、狡猾に目的を果たすようになっていく。
全編、これ復讐。フォイルは人を利用し、騙し、見捨てる。しかし、不思議と陰鬱な感じは受けない。むしろガリー・フォイルの大暴れっぷりはある種爽快であり、かつ全編に溢れるアイデアの数々に圧倒されることだろう。
いや、アイデアについては斬新さを感じるわけではない。古典なのだから。しかし、「あのアイデアの源流はここにあったのか!」という驚きはある。特に有名なものは3つ。
- ジョウント
- 本作を代表する、ほぼ全人類が手にした瞬間移動手段。フレドリック・ブラウン『火星人ゴーホーム』の「クイム」に並んで有名。梶尾真治『クロノスジョウンターの伝説』に登場するクロノスジョウンターの名称も、このジョウントが元ネタになっている。
- 加速装置
- みなさん御存じ、超スピードで動き、周りがスローモーションに見える機構。なんと歯がスイッチになっている!『サイボーグ009』の原型がここに!
- 刺青
- 彼は顔に恐ろしい刺青と、《N♂RMAD》という彼の船の名前を彫りこまれてしまう。それは医学措置によって消されたが傷は残り、彼の感情が高ぶると傷痕が赤く浮き上がる。つまり、怒ると恐ろしい刺青が現れる!現代ではあちこちで見られる描写の原型だ。
これらのSFアイデアもすばらしいが、表現もまたすばらしい。冒頭に引用した、フォイルが復讐を誓う場面も秀逸であるが、最後の最後、彼が「覚醒」した際のめくるめくイメージの奔流は、なんというか、脳が幻惑されてしまって仕方がない。正直なところ、あまりに行くところまで行っていて内容をいまひとつ理解できないのだが、読んでいるときの陶酔感はかなりのものである。
まさに不朽の名作。SF者は全員読むべき。復刊万歳。