24人のビリー・ミリガン

3件の婦女暴行および強盗事件の犯人として逮捕された青年、ビリー・ミリガン。驚くべきことに、彼の中には24人もの異なる人格が宿っていた。彼は多重人格者だったのだ。

ダニエル・キイス『24人のビリー・ミリガン』。90年代初頭に日本語訳され、瞬く間にベストセラーとなったタイトルだ。「多重人格」・・・現在では「解離性同一性障害」と呼ばれる・・・を、世に知らしめた、驚異のノンフィクションだ。

逮捕され、取り調べを受けたビリー・ミリガンは、自分が犯した犯罪のことを何一つ覚えていないという。言動の不安定さから精神異常の兆候が見られたので、彼の弁護士は心理学者を呼び寄せた。彼女との対話で、ビリーはついに鍵となる発言をする。

「違う」彼は言った「ぼくはビリーじゃない」
彼女は眉をひそめた。「ちょっと待って。ビリーじゃないんなら、あなたは誰?」
「ぼくはデイヴィッドだ」
この<デイヴィッド>の告白により、ビリー・ミリガンが多重人格者であることが判明した。ビリー・ミリガンの精神は、年齢・性別・出自などバラバラな人格に分裂しており、それぞれが交代交代に意識の表層に現れ、主導権を握るのだという。その数、なんと24人。

精神が不安定で裁判を受けられる状態にない、と判断されたビリーは、ハーディング病院に入院し、治療を受けることになる。そこで何人もの精神医学者、心理学者の助けを得て、彼の人格は少しずつ統合する方向に向かい、ついには全人格を統合した24人目の新しい人格<教師>を生むまでになる。しかし、犯罪者である彼を世論は放っておかない。ビリー・ミリガンに敵意をむき、その敵意は統合され始めたビリーの人格を再び分裂させる・・・。

多重人格者は、フィクションの世界でこそよく見かける設定だが、ノンフィクションで、しかも24人って・・・。まったく度肝を抜かれる。ノンフィクションであるがゆえに、本の記述は淡々としたものだが、それでもあまりにも特異な状況を語っているので、とてもじゃないが平静に読むことが出来ない。当事者達には非常に失礼な話だが、実に興奮させられるのだ!

驚くべきは、人格達が他の人格と会話することができるということにある。それゆえ、人格達はある一定のコミュニティを築いている。人格達の中にはリーダーがいて、役割分担がある。不利益をもたらすものは追放される。<アーサー>は考え、<レイゲン>は守る。交渉は<アレン>が請負い、苦痛は<デイヴィッド>が受ける。麻薬の売買を行った<ケヴィン>や妄想するだけで何もしない<ロバート>は追放する・・・といった具合に。彼らのコミュニケーションとそこから生まれた秩序、これがまたこの本を面白くしている。人格達が適当に現れては支離滅裂な言動をする、というだけであったら、この本が読み物になったかどうか怪しい。

もっとも、多重人格になる原因の多くは幼児期の虐待・・・たいていの場合性的虐待を伴う・・・にあるというから、面白いとばかりは言っていられない。<教師>によって掘り起こされた幼少時の記憶の凄惨なことと来たら、もう吐き気を催すほどだ。24もの人格を生み出すほどの地獄なのだから、ただごとではない。

ビリーは特異な状況に置かれてしまったが、彼が犯罪を犯し、人を傷つけたのもまたまぎれもない事実。それゆえ、本の終盤で世論から攻撃されることになるのだが、それもやむをえないかもしれない。でも、こうして彼の半生を知ってしまうと、どうしても感情移入しちゃって責めきれないねぇ。

この本はビリー・ミリガンの行く末が非常に気になるところで終わってしまうのだが、どうやら『ビリー・ミリガンと23の棺』という続編があるらしい。というわけで、今日買ってきた。さぁ、読むぞ!

24人のビリー・ミリガン〈上〉 (ダニエル・キイス文庫)

24人のビリー・ミリガン〈上〉 (ダニエル・キイス文庫)

24人のビリー・ミリガン〈下〉 (ダニエル・キイス文庫)

24人のビリー・ミリガン〈下〉 (ダニエル・キイス文庫)