煙突の上にハイヒール

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光文社 2009-08-20
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小川一水による短編集。思いの外ポップな表紙に「SFなんて売れないから日和ったのか」と思ったが…よくよく見ると表紙のお嬢さん、プロペラを背負ってらっしゃる。どこか普通じゃない。

蓋を開けてみると、近未来のありそうな技術や事件を背景にした物語で、小川一水お得意の形式であった。

読んだところで特別大きな感動があるわけじゃないが、ちょっとだけ明日が楽しみになる、そんな話の集まり。

煙突の上にハイヒール

本体価格一四二万八〇〇〇円の傘。
何? これ。
傘は旅行用トランクに似た箱から生え、箱はサングラスをかけた女性モデルに背負われていた。

表題作。結婚詐欺にあいそうになった女性が、ちょっとした偶然とヤケクソさが相まって個人用の飛行ユニット「Mew」を購入してしまう話。

ドラえもんタケコプターに憧れを抱くのは人として当然であろう(断言)!いいよな、個人用の飛行機械!しかもセレブでなくても手が届く価格だったらすばらしい!

そんな夢を具現化したこの話。ストーリーは大した起伏もなく淡々と進むが、Mewの描写だけで俺はもう大満足ですよ。こんなん実用化されたら真っ先に買うな、俺。空飛びたい!

カムキャット・アドベンチャー

そもそものきっかけは、僕の猫が太りだしたことだった。

飼い猫が太り気味なのは外でなにか食べているからだろう、という疑いをもって猫の首輪にカメラをくくりつけることから始まる出会いの話。これは近未来ではなく、現代のテクノロジーで片付くのではなかろうか。

まぁ、普通。

イブのオープンカフェ

「申し訳ありません、邪魔はしませんから、ここに座らせていただけませんか」
それは少年の形をしたロボットだった。

クリスマスイブの夜、恋に敗れ傷心の女性が、あるオープンカフェで介護用ロボットと出会ってお互いのことを話す、ただそれだけの話。ミステリな雰囲気で話は進むが、あったかい感じで終わる。

ロボットの"タスク"は良い子だねぇ。こういう話し相手になるロボット、というのが本当の意味で人間のパートナーになり得るんだろうな、心理的な意味で。メカ然とした無機質で無愛想なものだったら、せいぜい道具の延長としか捉えられまい。

おれたちのピュグマリオン

「ミナ、前へバックしろ」
「えっ……できません」
「おれの誕生日を教えてくれないか」
「ごめんなさい、わかりません」
「三億のルートは?」
「ええと—一万七千ぐらい、です。もっと詳しいほうがいいですか?」
身をすくめたままでミナが言った。

やはりロボットネタなのだが、不完全である代わりに「できないことをできないと明確に言う」というコンセプトで人に受け入れられるようになるという、面白い着眼点の話。

不完全さは優れたインタフェースでカバーするのだ。無機質なエラーメッセージを表示してフリーズされるのは極めて不快かもしれないが、それが人の形をしていて、人間らしい反応—あやまるとか、悩むとか—を返せば不快感もいくらか和らぐだろう。

テクノロジーが敷衍し、開発者も予想をしなかったような発展を遂げ、人の暮らしを変えていく。野尻抱介『ふわふわの泉』や小川一水不全世界の創造手』に見られるような技術SFだ。俺はこういうのが大好き。

しかし、このオチはアリなのか!?

白鳥熱の朝に

西暦二〇一〇年の初夏に、パリで感染した観光客がウィルスを持ち込み、日本でも白鳥熱の流行が始まった。

この話だけは、他の短編と異なる色を持っている。他の短編は「近未来の何か」に触れることをきっかけとして人生を好転させるが、本短編はそれによって人生を破壊された人々が立ち直る物語だ。

白鳥熱は、とてつもなく強力なインフルエンザウィルスによって引き起こされる病気である。昨年からインフルエンザが猛威をふるっているわけだが、本短編はこれを大いに参考にして書かれていると思われる。劇中で語られる病気の恐怖やら無駄に悲劇をあおるメディアやらが、本当に現実にありえそうでおっかない。

主役の二人が力を合わせてトラウマを乗り越えようとする様が美しい。がんばれ!