新人研修準備

突然だが、俺は会社で2005年度新人研修の統括を任されている。

別に会社からの俺に対する信頼が厚い、とかそういう良い話ではない。やる人間がいないから、たまたまフラフラしている(そのつもりはないが、現在の業務の性質上、きっとそう見える)俺に白羽の矢が立ったのである。

そういうわけで、この不幸を君達にも分けてあげよう、とばかりに、なり手のいない新人研修の講師を、社員の中から勝手に指名した。今回のケースでは、俺の決定はボスからの業務命令にほぼ等しいので、特別な理由無しに断ることは不可能である。即ち、君達は俺の手のひらの上で踊っているようなものなんだよ、社員諸君。あぁ、権力ってすばらしい。ゲラゲラ。

・・・そんな邪悪なことを言っていると、心底嫌がられて研修が最悪の結果に終わりそうなので、真面目なことも書いておこうか。

知識や技能を身に付ける過程は、通常三段階に分かれている。

  1. 独学or習う
  2. 実践する
  3. 教える
最初のは、まぁ普通考えることだし、みんなここから入るはず。しかし、これだけでは足りない。習ったことは実践して、身体に、特に知識については感情と連動させて叩き込まないと、本当に自分のものにならない。

例えば、1年前の今日、晩飯として何を食ったか?なんてどうでもよいことは普通覚えていない。しかし、見当違いな返事をして大恥をかいたときのことはどうか。生まれて初めてセックスをした日のことはどうか。たぶん、何年経ってもその情景を鮮明に思い出せるのではないか。同様の原理で、実践して、強く感情に焼き付けたほうが、モノを覚えやすい。おそらく失敗して恥をかくのが最適であろう。

非モテのくせに妙な例え出しやがって分をわきまえろとか言うな、ちくしょー。いいじゃねーか、わかりやすいだろーが。受け売りに決まってんだろ、俺の人生経験からこんな例えがでてくるわけねー!そんなこともわからんのか、この、ド低脳がぁ!でも未経験な人は正直スマンカッタ。うっせーな、俺のことはどうでもいいんだよ!

で、デキる人はここまでやる。しかし、達人の域に至るためには、仕上げの第三段階が必要である。

人にモノを教えるというのは非常に難しい。わかりやすく教えるためには、内容を噛み砕いてやる必要があるが、対象に関する本当に正しい知識をもっていなければ噛み砕くことはできない。また、これ以上に難しい追加技能が要求される。

まず、相手の学習速度は自分とはまず一致しないので、それにあわせる苦労がある。そして、人間を相手にする以上、一定水準以上のコミュニケーション能力が必要。多人数を相手にするならば、これに加えてプレゼンテーション能力もいるだろう。さらに、明確なビジョンを示し、相手のやる気を引き出すリーダーシップ能力が無ければ成果は上がらない。

こうした追加技能は、単なるエンジニアではなく、マネージャやコンサルタントとして、また、これに限らず優秀なビジネスパーソンとしての将来を視野に入れるならば、是非とも手にしておきたい力である。つまるところ、第三段階「教える」をやれるようになった人間は、対象をほぼ完璧に自分のものとした上、さらにエンジニアとしてだけでなく、優れたビジネスパーソンが身につけておくべき技能を一揃い習得していることになる。将来怖いモノ無しである。

前置きが長すぎた。つまるところ、達人に通じる道、自己実現の道が目の前に開けているのに、これをチャンスと考えずになんとするのか、ということを言いたい。しかも、相手は海千山千の凄腕達ではなく、開発経験が限りなくゼロに近い新入社員たちであり、少ないプレッシャーで教育というものを実践できるのである。こうした環境を自分から提案して作り上げるのは難しいと思うが、それをこちらで用意しているのである。

というわけで、こういう機会を得たのだから、グダグダ言わずにチャンスに変えたほうがよい。どうせ文句を言ったところで役目はそうそう変えられないのだから。

なーんて偉そうなこと書いておきながら、てめぇ冒頭で「この不幸を君達にも分けてあげよう」
とか書いてるじゃねーか!という意見もきっとあることだろう。いや、ごもっともである。だが、それは俺には俺のビジョンがあって、今回の仕事が必ずしもそれに一致しないというだけである。本当だって。