不全世界の創造手

不全世界の創造手(アーキテクト) (朝日ノベルズ)不全世界の創造手(アーキテクト) (朝日ノベルズ)
小川一水

朝日新聞出版 2008-12-19
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物作りの究極はどこにあるのか———十二歳にしてすでに、裕機はそんなテーマに取り憑かれていた。

フォン・ノイマン・マシン、つまり自己複製機械によって変わる地球の未来。天才アーキテクトの少年は、天才投資家の少女と力を合わせ、究極の生産性の実現とアーキテクトの理想を叶えるべく動き出す。
小川一水お得意のエンジニアリングSFということで、安心して読めた一冊。

主人公の戸田裕機が発案し、開発した子馬型の土木作業機械"Uマシン"は、自分で自分のコピーを作ることができる。作られたコピーUマシンは、さらに自分のコピーを作る。つまり、1体が2体に、2体が4体に、4体が8体に…と、指数級数的に増加することができるため、短期間に圧倒的な数を揃えることができる*1。複製に必要な素材は一部を除いて地面から取り出すし、エネルギーは太陽電池により供給されるため、増産コストはほとんどタダ。

つまりUマシンは、短期間に、低コストで、とてつもない生産性を獲得することを可能とするのである。単純な作業はUマシンに任せておけばとてつもない大規模作業でも安価にこなすことが可能である。人間はそうした作業からは解放され、創作的な活動に打ち込むことができる。

まさに究極。単純な大量生産作業は機械に、高度で複雑な創作活動は人間に、という棲み分けはエンジニアが分野を問わず日常的に考える理想であろう。

そしてエンジニアリングSFの魅力は、そこで使われる技術ネタだけではない。むしろ、その革新的技術で世界がどう変わるのか、についての描写こそがもっとも面白い。その技術で何ができるのか。その世界に生きる人々にどのように受け入れられるのか。究極の生産性をもたらすUマシンは生産という分野に革命を起こし、それ以上のことも達成する。一方、世界から万雷の拍手を持って迎えられるわけでもなく、既得権益を持つ人々、そして新しいことに拒否反応を示す人々からの攻撃を受ける。

さすがは小川一水というデキ。科学、技術、そして社会についてのしっかりした考証に、どこか青臭くも熱いキャラクターたち、燃えるエンジニア魂、そして未来に希望を抱かせるラスト。

特に本書は、やはりエンジニアである自分に実感のある内容が多かったため、感情移入の度合いがただごとじゃなかった。より高い生産性の獲得を目指すが、そのためには新しい技術や方法論の導入が必要、しかし既存のやり方になじんでいる人々からは当然抵抗を受ける。そうして渋られたり反対されたりするうちに、自分の考えが本当に正しいのかという迷いも生じる…。こういうことは日常的に起きている。

そんな状況に置かれても自分の描いた未来を実現するために行動する裕機に危うさを感じつつも自己を投影してしまう。たとえ抵抗を受けても、彼らに変化を強いねばならない時がある。その先に、より幸福な世界があると信じて。変化を恐れて現状にしがみつくばかりでは、人類に発展は無いではないか。しかし、あまり強行に動きすぎると敵を作るばかりになり、むしろ変化の速度は落ちるか、そもそも変化が起きなくなる。物語の最後で、Uマシン*2は非常に控えめな、しかしV.N.マシンだからできるやり方でバランスを取る。しかし現実では、押しつけがましくなく変化を起こすというのは実に難しい。自然で緩やかな変化を悠長に待っていられるほど時間もてあまして無いし。あああぁぁぁ、悩ましい。

いかん、自己投影しすぎて脱線した。実際はそんなに小難しい本じゃない。レーベルがレーベルなんで、気楽に楽しめるライトノベルになっている。帯にも「書き下ろし青春SF」などという恥ずかしいあおりがあるぐらいだ。創造手(アーキテクト)と錬金術師(アルケミスト)が大胆に世界を変える様を楽しもう。

*1:劇中では「一ヶ月で百万体を超えるほど」と説明されている

*2:正しくはその派生型