老ヴォールの惑星

小川一水の中篇集、「老ヴォールの惑星」を読了した。いやお前、これは面白すぎるだろ。ネタがすごけりゃオチもすごい。いやはや、よく考えつくな、こんな話。SF作家の、いや、小川一水の脳みそはどうなっているんだ?

書き下ろしを含め、以下の4つの中篇が収録されている。

ギャルナフカの迷宮

政治犯用に作られた「ギャルナフカの迷宮」という名の牢獄に投獄された主人公が、猜疑心と裏切りが蔓延して混沌とした迷宮世界に秩序と社会を作り、たくましく生きていこうとする話。同人誌として発表されたモノを読んだことがあって、そのころから好きな話だったが、加筆されてグレードアップしており、面白くないわけがない。迷宮なんていかにもゲーム的な背景で、まさかこういう話を作るとは。

老ヴォールの惑星

ホット・ジュピター型惑星に生まれた知的生命体を主軸に置いた話。天体の動きを読んで、そう遠くない未来に巨大な小惑星が衝突することを予見した彼らの取った行動とは・・・?木星型の惑星に生命が誕生する確率はとんでもなく低いと思うが、それでも誕生したらどのような生命になるのか?という一つのアイデアが提示される。が、主題はそのSF的な設定や描写ではなく、老ヴォールから知識を受け継ぎ、自分たちの存在の証を残そうとする彼らの意志と生き様である。寂寥がありつつ感動もあるという妙な読後感。

幸せになる箱庭

特殊なETI(地球外知性体)との遭遇と、そのETIがもたらす恐るべき未来を描く。類似的な話はこれまでいろんな作家にいくつも書かれているが、後半のETIとの問答が面白く、読んでるこっちも主人公と一緒に頭を沸騰させてしまいそうだ。結末も最初予測したものからすれば意外だが、読んでいるとそうなるしかないのかな、と納得してしまう感じ。もともと俺はこの手の思想に肯定的である。

漂った男

書き下ろし。「生還」はほぼ絶望的なのだが、ただ「生きる」分にはなんの支障も無い、そんな漂流状態に置かれた男の話。いまひとつ緊迫感の出ない状況で、主人公が追いつめられた様子もなくグダグダとどうでもいいことを考えたり実行したりしているので、ギャグっぽい感じになっている。俺もなんとなくニヤニヤしながら読んでいた。最初は。友情に涙する話。


どれも面白いが、特に推したいのは、「漂った男」。着眼点もストーリー展開も面白すぎる。

これまでの小川一水作品は、「回転翼の天使」「強救戦艦メデューシン」「第六大陸」「復活の地」など、緻密な取材と調査に基づいて「現場」というものを非常にリアルに描写できている点がすごかった。しかし、今回の短編集では、「特殊な環境に置かれた人がどのように生きるのか」という、「現場」から離れた思考実験的な話になっており、これまであまり見られなかった作風だと思う。SFでありながら科学技術や異星文明ではなく、人の社会性に注目しているところも面白い。巻末の解説で松浦晋也氏が「今後の小川作品の新たな展開を感じさせてくれる」と書いているが、同感である。

次から次へとこちらの予想を良い意味で裏切る作品を刊行してくれる。これほど追いかけ甲斐のある作家はそういない。今後も大注目だ。