天体の回転について

天体の回転について (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)天体の回転について (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)
小林 泰三

早川書房 2008-03
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あの、小林泰三が!グロくてキモい"イヤSF"を多数輩出するホラーSF作家が!こんなかわいらしい萌えキャラを表紙にあつらえた小説を書くだと!?しかも、タイトルがあのコペルニクスが記した『天体の回転について』ときた!あやしいっ!
しかし、中身はまっとうなSF短編集であった。収録された短編の数は8つ。どれも面白いが、特に好きなのは最初の3編と、『盗まれた昨日』だな。

天体の回転について

表題作。小林先生のタメになる物理学講座その1。

遠い未来、文明が衰退し、科学が妖怪の技とされている時代。そんな時代にありながら好奇心と科学への探究心を持った若者が、"天橋立"と呼ばれる軌道エレベータに向かい、案内プログラムであるリーナの導きで宇宙に旅立つ。

表紙の女の子はこのリーナである。軌道エレベータの仕組みや、エレベータ内で生じるいろいろな物理現象—重力の変化やコリオリの力—を、彼女が優しく解説してくれる。彼女を添乗員とした宇宙旅行体験ツアーのような内容になっている。地球から月へ、月からさらにその外へ、と続いていく宇宙の旅。これはワクワクさせられる!俺も行きたい!

灰色の車輪

「三原則から解放されることは、あなたにとって不幸なことなの?」
「いいえ。わたしはそれを望んでいます」

人間に変わる労働力としてロボットが作られている。人間の作業を担う以上、ロボットには人間に並ぶ知性が要求される。しかし、あくまで主人は人間であるべきなので、それを覆すことの無いよう行動を"ロボット三原則"によって制限する。

高い知能を与えられているロボットは、人間の予想を超えて人間らしい"心"を持つ。しかし、それは三原則によって抑圧された状態にある。ある事件でその枷が外れたとき、ロボットは暴走を始めるのである。

なんとも哀しい話である。知性体に外から無情な制約をかけることは、こうもむごいことなのか。

あの日

小林先生の、タメになる物理学講座その2アンド小説講座。

宇宙時代の小説教室の生徒が、地球上の環境を利用したトリックを使った小説を書こうとする話。どうも無重力環境での生活が当たり前になっているようで、常に重力が働いている環境をうまく想像できないらしく、でたらめな内容の小説を書き続けるのである。そして、その小説を読んだ先生が、主に物理学上の誤りについて指摘していく。

でたらめ小説の中身と、それを題材にした主人公と先生の問答も面白いが、オチも面白いと思う。

「君、マニアを馬鹿にしてはいけないよ。マニアは普通の人間は絶対に知らないようなことについて作家が間違えたりすると、それこそ鬼の首でもとったかのように大騒ぎするものなんだ。

なにかあったんですか、小林先生(笑)

性交体験者

小林泰三らしい短編がきた!エログロい!

女性上位の社会に起きた殺人事件を追う話。殺人者は男性の"性交体験者"だ。性交体験者というのは、まったく名前通りの意味である。しかし、この世界では男性性交体験者はそれだけで殺人者であることが確定するのだ。なぜそうなってしまうのかは、最後にわかる。

銀の舟

地球人と火星人のファーストコンタクトもの。人面岩に魅せられた主人公が、ようやくたどり着いた人面岩の地で、異星人と出会う。同胞たちはすでに存在の次の段階に進んでおり、彼は残った最後の一人であるという。彼は、太陽系文明の後輩達に置き土産を残すため、手の込んだ手段を講じて主人公を呼び寄せたのだった。

オチで勝負する短編。

三〇〇万

「我々はアカルウ連合の第一の王国イジュギダの軍団である。我らの奴隷となるか、あるいは我らと戦って名誉ある滅びを迎えるか、欲する方を選べ」アルカリオスは単刀直入に用件を述べた。
(中略)
「我々は理解しがたいと感じている。どうして、恒星間飛行を達成するような種族がそのような蛮行を行うのか?」

これもファーストコンタクトもの。これは真面目に書いているのか、それともギャグなのか。地球よりも遙かに進んだ科学力を持つ文明が、(我々から見て)極めて野蛮な価値観しか持っていないというのだ。

異星人達はどっちが上か、支配か隷属かをはっきりさせることが重要であり、それは正々堂々とした神聖なる戦いによって決するべきである、という価値観が絶対であるらしい。対する地球人は、まずは話し合いにより対等な外交関係を築く努力から、そして戦うとなれば手段を選ばず、とくる。まるで相容れない。

確かに、我々の持つ価値観が文明の行き着く先だと考える根拠は無いのかもしれない。こういう奴らもアリか?

盗まれた昨日

イーガンを彷彿とさせる、アイデンティティ破壊SF。

ある実験がきっかけで、全人類が前向性健忘症を発症してしまった。そこから人類は短期記憶を"メモリ"に書き残すシステムを開発することで長期記憶を復活させ、元の生活を取り戻した。

主人公の女子中学生は、ある日見覚えのない部屋に寝ている自分を発見した。しかも、自分の体は見知らぬ男性のそれになっている!考えられることは一つ、この男にメモリを差し替えられたのだ。彼女は自分の部屋に帰り、そこで"男のメモリを刺した自分の体"と対面する。果たして、その女子中学生は"自分の体を使っている男"なのか、それとも"男の記憶をもった自分"なのか・・・?

人間のアイデンティティをどこに置くか、というのはとても繊細で難しい問題で、だからこそ面白い。ゾッとするオチも待っている。

時空争奪

クトゥルーものキタコレ!

世界中の鳥獣戯画の記録が、全て異様な生物—魚のような顔をした生き物、有翼の菌類など—の絵に取って代わられることから事件は始まる。本物からレプリカまで、全て変わってしまっている。これは歴史が改変されたとしか考えられない。しかし、自分たちの記憶には兎と蛙が相撲をとっているあの絵が残っている。これは何故だ?この異変は、どんどん現代に近づいてきている。現代に到達したら、いったい自分たちはどうなってしまうのだろう?

宇宙に存在する複数の時空の流れ、その間で発生する流れの取り合いを描く。クトゥルー的な表現は多いものの、ちょっとした味付けに使われている程度。