不思議宇宙のトムキンス

不思議宇宙のトムキンス

不思議宇宙のトムキンス

ありがとう、ガモフ先生!第一線の物理学者でありながら、こんな愉快な本を書いたあなたは偉大だ!

ジョージ・ガモフ/ラッセル・スタナード『不思議宇宙のトムキンス』読了。ビッグバン宇宙論の提唱者の一人として有名なジョージ・ガモフが一般向けの科学啓蒙書として記したシリーズをまとめ、最新の科学による知見を含める形でラッセル・スタナードが加筆訂正したのが、この本だ。

ラッセル・スタナードは、まえがきの第一声でこう断言する。

トムキンスの冒険物語を1度も読んだことがないという物理学者はいないはずだ。

そう言わせるほどに有名な作品なのである。

大きく分けて相対性理論量子論、そして素粒子物理学に触れる。これらの理論から導き出される驚くべき自然現象は、残念ながら我々の日常レベルでは決して目の当たりにすることがない。相対性理論はとてつもなく大きな、そして量子論素粒子物理はとてつもなく小さなスケールでなければ現れないのだ。それゆえ、多くの人はニュートン力学は受け入れられても、これらの理論は納得できないことが多い。現代物理の根幹を支えているにもかかわらず、だ。

そこで、我らがC.G.H.トムキンスの出番である。平凡な銀行員のトムキンスは、休日の暇つぶしに相対性理論の講演会に出席する。その講演を聴きながらもうつらうつらとしてしまった彼は、気がつくと見知らぬ場所に腰掛けており、そこで驚くべきものを見た。自転車に乗っている男が、進行方向に信じられないほど潰れていたのだ!そこでトムキンスは理解する。これは講演で言っていた、運動する物体の収縮だ・・・。

トムキンスが訪れたのは、光の速さが時速30kmしかない、という我々の宇宙とは物理定数が異なる世界なのである。運動する物体の収縮、というのは「ローレンツ収縮」という名称で知られている。物体の運動速度が光の速さに近づくと、物体は進行方向に縮んで見えるのだ。亜光速で運動する物体なんて日常ではお目にかかれないから、光の速さを我々の日常レベルに引きずり落としたのである。電車に乗るだけでウラシマ効果が発生するとか、面白すぎる。

実際はそういう世界の夢を見る、という話である。トムキンスは物理学の話を聞くたびに眠りこみ、その夢の中で様々な物理現象を目の当たりにするのだ。直径10kmしかない宇宙で宇宙の膨張と閉じた空間を体験する、プランク定数が大きなボールを使った量子ビリヤードでボールの分身=確率波を見る、等々。個人的に一番気に入ったのは、量子サファリでライオンとガゼルにより二重スリット実験が再現される場面。電車内で読んでいたのに、思わず吹き出してしまった。

お堅い印象の物理学をテーマにして、これほどユーモラスな話を書けるとは。ガモフ先生は偉大だ。

もっとも、一般向けといいつつも簡単に読める本ではない。トムキンスの冒険を補完する、教授の説明部分は、丁寧なのだが結構難しい。素粒子の説明はついには理解しきれなかった・・・。でも、物理に少しでも興味があって、多少難解な内容でも頑張って読める人であれば、入門として読むのに最高なんじゃなかろうか。