博士の愛した数式

「君はルートだよ。どんな数字でも嫌がらずに自分の中にかくまってやる、実に寛大な記号、ルートだ。」

小川洋子博士の愛した数式』読了。

シングルマザーな家政婦である主人公の新たな仕事は、初老の数学者の身の回りの世話であった。彼の背広にはおびただしいメモが貼り付けられており、その中でも古いメモにはこう書かれてあった。「ぼくの記憶は80分しかもたない」。

・・・映画化もされた有名な小説なので、いまさら説明の必要もないか。

とりあえず、最初に引用したルートの説明で、「うわ、やられた」と思った。平方根という数値をそのように捉えることができるとは。確かに、無理数を一切の省略無しに表記できるのだから、すごい記号なのかもしれん。

「博士」が、こういうその道の専門家だけが持っていそうな特別な考え方や感性を持っていて、それを披露してくれるのが楽しい。現実の数学者がこんなこと考えているかは知らないし、どうでもよい。それっぽいことが重要。

でも、内容はなんだかもの悲しく、せつなさを感じさせる。毎朝起きるたびに「ぼくの記憶は〜」のメモを見て過酷な現実を突きつけられ、その記憶も消えるので慣れることは決して無い。そして、出会う人は彼にとってほとんどみんな初めて会う人。そんな状況がどれほどの苦痛を与えるものなのか。

まぁまぁ面白い。映画化されるのもわかる。でも、なによりすごいのは、「数学」なんてみんなが目を背ける難解で不可解な分野を題材にして感動的なストーリーを仕立て上げた著者の手腕だな。

博士の愛した数式 (新潮文庫)

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